旅味濃厚みちのく潮風

DAY1
前回の京都一周トレイル(ほとんど街歩き……)に続いて、今回LOGの笈川とライターサクライが向かったのはみちのく潮風トレイル。
2011年3月11日に発生した東日本大震災からの復興のための取り組みのひとつで、2019年に全線開通した全長1000kmを超えるロングトレイル。東北太平洋沿岸の美しい景観と、そこに暮らす人々の暮らしに触れることができるのも特徴です。
その中でも割と情報の少ないややマイナーな南三陸エリアを実際に歩いてみよう、そして帰りは仙台の街にも立ち寄ろう、といういつも通りのコンセプトゆるめ旅。

実はこの旅に関して大きな不安がありました。
ライターサクライことワタクシ、トレイルラン中に派手にすっ転んでまさかの肩骨折。
でもどうしても行きたかったのです。
まあ、たいしたことないっすよ~なんて言いながら、実際のところドキドキでした。
そして迎えた当日。
腕があがりません。
骨自体はほぼくっついているのですが、ここからリハビリをして可動域を上げていくという段階。でもまあ、ひどい50肩だと思えば、行けないことはなさそう。良い子は真似しないでください。

前回の京都旅に続き、恒例となってきた感のある新幹線駅弁タイムからスタート。ワタシはとうぜん、東北復興弁当。笈川はといえば牡蠣飯をチョイス。これから向かう南三陸は牡蠣が有名なのに、フライングがすぎないか?
「見てください、事前の抜かりないリサーチを」と笈川がスマホを見せてくれる。行きたいポイントがGoogleマップ上に無数にピン留めされていますが、それって仙台だよね……。ワタシは司馬遼太郎先生の「街道をゆく」をばっちり読み込んできたというのに笈川ときたら飲みのことしか頭にない。

新幹線で仙台まで行き、さらに電車で2時間半北上していきます。電車を乗り換える旅にローカル感が増して、ワクワクしてきます。ローカル鉄道旅の時点ですでに十分楽しい。おばさま方の賑やかな東北弁が響きわたる車内。うーん、これこれ。

「BRTって何ですかね?」と笈川がスマホの乗り換え案内を見ながら言う。
いま乗っている石巻線の前谷地駅から、歩き旅のスタート地点である陸前戸倉駅まで、どうやらBRTなるものに乗り換えるようなんですが、駅から駅という表記だからてっきり電車かと思っていたんですが、ところがどっこい。前谷地駅で待っていたのはバス。
「BRTじゃなくて、どう見てもただのBUSですね」と笈川も首を傾げています。
しばらく一般道を走り、到着した陸前戸倉の駅(地図上でも駅の表記)は、待合室があって、そこから真っ直ぐな道が続いています。これはもしや津波で崩壊してしまった線路跡を舗装したのでは?
実はこのBRT、東日本大震災で被害を受けた気仙沼線、大船渡線の路線を利用した高速輸送サービス。BRTとはBUS RAPID TRANSITの略で、震災以降、多くの人の生活の足となってきた重要な交通機関なんです。


今日の目的地である宿とは反対方向になるんですが、スタートっぽい、という理由のみで、まずは「南三陸海のビジターセンター」へ向かいます。片道約1時間の逆走です。はい、はっきり言って無駄ですが、無駄こそ旅! が我々のモットーでもあるので今回も寄り道多めで行きたいと思います。
天気は快晴ですが、そこは東北。酷暑の関東とは違って涼しい海風が心地よい。この日の笈川は「TIL DSN×LOG GURKHA SHORTS」と「TIL DSN×LOGのTACTIKAL JKT」の組み合わせ。インナーにはバンブーシュートに別注した「MERINO WOOL 1/2 SLEEVE BASEBALL TEE」を合わせています。「TIL DSN×LOGのTACTIKAL JKT」は、背面がジッパーでオープンできる仕様になっているので、風抜けも良好。ポケットの収納力も高いし、街で着ていても違和感を感じさせないデザインなので、今回のようなロード歩きメインの時にもピッタリです。


リアス式海岸の美しい景観の中を歩きながら震災に想いを馳せます。ときおり、津波の破壊力を物語る倒壊したままの建物が現れます。この南三陸では、震災の津波によって市街地など低地のほとんどが飲み込まれてしまい、建物の6割超が全半壊。死者、行方不明者はあわせて約830人にも上ったといいます。完全に街が瓦礫に飲み込まれた様子を写した当時の写真を見ると、この15年間でよくぞここまで復興したなと、頭が下がる思いです。


「腹、減りましたね……」。しんみりとした空気の中、笈川がポツリと呟きます。たしかに。コンビニが当たり前の便利な旅ばかりしていたので、今回も駅前になにか売っているだろうと思って、行動食をあまり用意していなかったんです。ところが駅前にあったのは自販機と精米機のみ。まあ、ビジターセンターまで行けばなにかしらはあるはず、と笈川のバックパックのメッシュポケットに入ったポテチの袋をチラ見しながら歩を進めます。


海のビジターセンター、やってないじゃん……。よくよく調べてみたら、毎週火曜定休とのこと。このビジターセンターはさまざまな展示や、体験プログラムも充実していて、みちのく潮風トレイルのサテライト施設としての機能もあります。かなり楽しみにしていただけに、残念すぎます。手ぬぐい欲しかった……。相変わらずの行き当たりばったり旅で我ながらやれやれです。

空腹が限界に近づいたので、ビジターセンターから歩いてすぐの場所にある「CHOKOTTO」という定食屋さんへ。このあたりの新鮮な魚貝類を提供してくれる素敵なお店で、天丼をチョイス。具材たっぷりの天丼には、あまりスーパーなどには出回らないという皿貝の天ぷらも乗っていて、これが抜群に美味い! ペロリと完食した後は、のんびりと来た道を戻って、今日の宿を目指します。

このあたりには、震災後に建造された防潮堤がたくさんあります。その防潮堤の上を歩いていくんですが、とても気持ちの良い海風が吹くんです。よくよく地形を観察してみると、防潮堤はとうぜん周囲よりも高く設定されていますから、ちょうど山で言うところの尾根のようになっています。勝手に防潮堤稜線説を唱えて悦に入ったワタシに「不謹慎な感じしますよ」と笈川は呆れ顔。

この防潮堤が計画されたときには、磯に住む生き物たちにたいする影響を心配する声などもありましたが、逆説的に南三陸の自然の豊かさを再認識することにも繋がった側面もあるようです。自然と共生する暮らしへの動きがおこり、2015年には持続可能な林業に関する国際認証であるFSCを取得。2018年には多様性に富んだエリアということが認められ、志津川湾がラムサール条約登録湿地になっています。今回歩いた時も、道端からおもむろにカモシカ出現! こんな市街地で!? と驚きました。



ゆるゆる北上していくと、JR志津川駅(いまは先述のBRTの駅)の近くになにやら賑わっている場所が。ここは「南三陸志津川さんさん商店街」。地元の海産物を楽しめる飲食店をはじめ、鮮魚店、蒲鉾店、お土産屋さんなどが軒を連ねています。とうぜん、迷いなくここにピットイン。キンキンのビールをぐびり。目の前には「南三陸震災復興祈念公園」があり、そこには震災遺構である防災庁舎の姿も。変形した建物からは津波の恐ろしさを改めて感じますが、この賑わいを見ると、同時に復興への力強さも感じさせてくれる場所です。


そこからは、海岸線を舐めるようにして、今日の宿である「下道荘」へと向かいます。
「みちのく潮風トレイル歩いているの?」と宿の若女将さんが元気よく出迎えてくれます。
「歌津のほうに行くなら注意してね。けっこう熊がでているらしいから」といきなり熊情報が出てくるあたりも東北らしい。笈川がLOGオリジナルで開発した熊おどしを携帯していますが、果たして出番はあるのか……。



そして待ちに待った夕食タイム。予想通りの牡蠣料理を中心に新鮮な魚貝類が並びます。ここのご主人が漁師さんということで、朝獲れの新鮮な刺身や海藻類がたっぷり。
「朝の新幹線で食べた牡蠣とは比べものにならないっす」。そりゃそうだ。「お値段もリーズナブルでこれはリピート確定ですね」と笈川が一品食べるたびに繰り返しています。

お部屋はオーシャンビュー。お風呂でさっぱりした後に窓から外を眺めますが、どこまでいっても穏やか。これが荒れ狂う姿が想像できないけれど、それだけに恐ろしかったに違いない。そんなことを思いながら、心地良い疲れに引き込まれるように眠りについたのでした。
DAY2
2日目は海岸線から離れて徐々に山の方へと向かっていきます。グッバイ防潮堤。
今日の行程としては、海岸線ではなく、南三陸の山側を歩いて行きます。地図で見る限りロード多めの約20km。ハイライトは標高512mの田束山(たつがねさん)です

山のほうに入ってしまうと、おそらくお店などはなさそうです。昨日の反省を活かして、この日はコンビニでしっかりと行動食などを確保してから歩き出します。
里山は、ちょうど田植えの時期。水を張られた田んぼが朝日を美しく照り返しています。かつての震災では、これらの水田も壊滅的なダメージを受けたといいます。地元の農家さんたちの手によって瓦礫の撤去や、整地がおこなわれましたが、稲作が復活するのに7年の月日を要したそうです。いまではすっかり元の姿を取り戻していて、いたるところで田んぼ仕事に精を出す人たちを目にします。

「この先に商店があるみたいです」。笈川がGoogleマップを見ながら言います。いそいそと向かいますが、到着してみると商店はクローズ……。
ぬか喜びとはこのことか! でも良いんです。それも旅なんです。予定通りにすべてがうまく行ったら、そもそも旅に出る理由なんてありません。でも、アイス食べたかった……。失意にうなだれつつ歩みを進める我々の前に突如現れた救世主。そう、自販機です。こういう里山歩きの良い所は、思いがけないオアシスが登場すること。今回のように自販機のこともありますし、過去には地元の農家さんから獲れたての野菜や果実をいただいたこともあります。


「ちょっとキジ撃ちに行ってきます(トイレ行ってきますの山用語。女性の場合はお花摘み)」と笈川が、道から外れて藪の中へ。
しばらくすると「ちょ、ちょっと来てください!」という笈川の取り乱した声が聞こえます。駆けつけてみると、そこにはこんもりと大きな糞。「僕のじゃないですよ!」と、笈川。ということは、こ、これはおそらく熊です。ついに来ましたLOGオリジナルの熊おどしの出番です。このアイテムは、真鍮の筒の中に爆竹を入れて着火し、その爆発音によって熊などの野生動物に自分の存在を知らせるというもの。LOGオリジナル要素として、持ち手をオーク材にしてあって、バックパックにぶら下げていても違和感のないデザインになっています。
ちょっと、ビビリながらも笈川が着火。ぱーーーーん! という予想以上の良い音がします。これは効果が期待できそう。仕掛けた笈川自身がビクッとなってるくらいですから。


それにしても5月の東北は気候が最高です。いま歩いている道が標高300m程度ですから、おそらく関東だったら暑さで茹で上がってしまっているはず。心地良い風と美しい新緑が楽しめるので、ロード歩きもそんなに苦にはなりません。
一度集落に下りてきたところで笈川大興奮。
「み、見てください! ついに見つけました!」
指差す先には、みちのく潮風トレイルの道標。もはやスタートしてから15km地点。
そう、実は今回、みちのく潮風トレイルに行くと言いつつ、現場合わせが過ぎたせいであまりみちのく潮風トレイルを歩いてないんです……。でも、それもまた良し! と力強く言いたい。それだけオリジナルの旅が出来たのだと。誰かが決めた道から逸れたアウトローな旅ができたのだと!

そんな我々に「みちのく潮風トレイルを歩いてるの?」と、すぐ側で畑仕事をしていた方が話しかけてくれました。移住してきて9年になるそうですが、この方自身は熊を目撃したことはないといいます。「まあ、たくさん熊は居るんですが、なかなか会えないもんですよ」。たまに訪れるハイカーと、地元の人の熊に対する温度感はけっこう差があるのかもしれません。


そこから先は山道になり、結構な急登が続きます。そこを抜けると、ついに今回の目的地である田束山が見えてきます。その斜面を鮮やかな朱色に染めているのは、名物のヤマツツジ。なんと約5万本が群生しているんです。例年だと5月中旬頃が見頃で、残念ながらまだ4分咲きくらいでしょうか。ここからは、昨日までいた南三陸と、その美しい海岸線を一望できます。

実はこの山、ほぼ山頂まで車で行けちゃうんです。歩くなんて無駄? 何度でも言いますが。無駄こそが旅!
クルマなどはある意味ワープ。歩いたからこそ、地元の人とも触れあえましたし、熊の気配だって感じられた。そしてなにより目的地についた時の達成感が違います。さらに言えば今回、南三陸を旅したことで、どこか遠い場所の出来事だった震災に対する意識が変わりました。実際にじっくり訪れてみることで、自分事になっていく。それには移動速度の遅い歩き旅がもっとも適していると思います。

そこからはロードをゆるゆる下っていって再び海岸線へ。あとは、陸前小泉駅からBRTと電車でビューッと仙台へ向かうだけです。
行きに乗ったBRTは、一般道を走る路線だったため、その利便性をいまいち理解できませんでしたが、帰りは夢の直行ルート。かつての線路跡の上を走って行きます。もちろん信号なんてないし、基本的に直線に近い形でルートが取られているので、一般道を行くよりもだいぶ早い。各駅もかつて駅舎があった場所に待合室を作っているので、住民たちにとっても電車が走っていた震災前と利便性はほぼ変わりません。かなり計算され尽くされたシステム。ただのバスじゃんとか言ってごめんなさい。

柳津駅で乗り換えなんですが、ここからはまさかの電車! BUSもといBRTを待つところだった……。乗り換えがかなりむずい。でもこれぞ旅って感じです。日常とは違ったシステムに触れられるので、まるで海外旅のような感覚を覚えます。
「腹、減りましたね……」と笈川がポツリ。
たしかに、この日は結局行動食しか食べてません。というわけで急きょ、仙台への乗り換え駅である小牛田でピットインすることに。


駅前にあった伊勢屋さんに飛び込みますが、ここが大当たり。まさかの山菜天国です。
ワラビ、コゴミ、タラの芽などの天ぷら盛り合わせにはじまり、大将のオススメということで、ドスンとでてきたのはセリのお浸し。ご主人みずから採ってきたものだそうです。セリの爽やかな香りとシャキシャキとした歯ごたえ。これはもう、日本酒でしょう。このお店は日本酒の種類も豊富で、大将とっておきの黄金澤にはじまり、乾坤一や田酒など東北の地酒をリレーしていきます。
もう、ここゴールで良いかも……。

ご主人が山好きということで、登山談義にも花が咲き、東北のいろんな情報をいただいただけでなく、次は月山に一緒に登る約束までしちゃいました。
東北は懐が深い! 山も人も。

仙台に戻り、名物牛タンをいただいた後に寄った、笈川推しの「立呑 ベロン」という飲み屋さんがまた素晴らしい! 笈川のお店を見つける能力はおそらく、彼の中でもっとも優れた才能です。お洒落なんですが、とても居心地が良いし、クラフトビールやちょっと変わったリキュールが楽しめる、ついつい長居しちゃう系。カウンターのみの立ち飲みスタイルなので、他のお客さんとの会話も弾みます。そんな中判明した驚愕の事実! 隣で飲んでいた方は、なんと防潮堤を作った会社に務めているというじゃありませんか!
この時感じた防潮堤とワタシのディスティニー。伝わりませんよね……。
Text: 櫻井 卓