“知ること”が山を救う鍵。 三俣山荘での道直し〜前編

 

Text: 櫻井 卓

 

LOGメンバーの笈川はなかなかの健脚。北アルプスにも何度も訪れているし、かなりハードな山行もやっている。最近どんどんチャラさを増しつつあるが、山には真摯に向き合っているイメージがある。


そんな笈川に、バンブーシュートの甲斐さんから「三俣山荘に道直しに行くけど、オイちゃんもどう?」とお声がけがあった。

行きます! と即答するその表情からは「仕事で山に行けるなんてラッキー!」感も出ているが、まあ良しとしましょう。

そんなワケで56日の人生最長の山旅へ。目的地は北アルプス最奥に位置する三俣山荘だ。

 

 

新穂高から入り、ワサビ平小屋に到着したところで笈川がキンキンに冷えたビールに反応。

「この前の尾瀬みたいに、ハシゴ的な?」

オフコースNO。ここからは長い登りが続くので、アルコール摂取なんてもってのほか。今回はシリアスめで行きますので。

鏡平を越えたあたりから雨が激しくなり、雷も鳴り始める。風雨に耐えながら歩くこと2時間。今日の目的地である双六小屋に到着。

 

 

翌日は、相変わらずのガスガスだが、双六小屋周辺はお花がまっさかり。とくにコバイケイソウが咲き乱れている。先月行った尾瀬以来、にわかにお花大好きオジサンと化した笈川。見たことのない花を見つけるたびに、帰ってから調べる用に撮影しまくり。

「やっぱり、僕がお花詳しいとか、ギャップ萌え狙えるじゃないですか?」とか言っているけど、無視して先へ進む。

 

 

ここから三俣山荘までは、もっとも早い巻き道ルートで行けば約2時間。一縷の望みから、三俣蓮華の山頂を踏む中道ルートにしたけれど、まあ、なにも見えません。いそいそと三俣山荘へと下りていくと、小屋の直前でパーッとガスが晴れてくる。赤い屋根の可愛い小屋が、目指す三俣山荘だ。

到着するなり、三俣山荘の受付の女性となにやら親しそうに話している。まさか、さっそくナンパか! と思いきや、SNS上で共通の知り合いがいたようで。笈川の交友関係の広さには、毎度驚かされる。

 

 

さて、到着後は待ちに待ったウエルカムビール。到着したこの日は午後から道直しのオリエンテーションがあるけれど、それまではフリー。甲斐さんとガッツリ乾杯を決める笈川。

今回の目的は、道直し。しっかり仕事をしてもらうためには、まあ多少の息抜きは許しましょう。そうこうしているうちに、甲斐さんの後輩であるバンブーシュートの黒田さんと、SORAで店長を務める富田さんが、雲ノ平から到着。足繁く三俣山荘に通っていて、今回甲斐さんが三俣山荘に来るきっかけにもなった2人。

 

 

ウエルカムビールもそこそこに、笈川がなにやら熟読している。

三俣山荘が発行している道直しについての冊子「風景と道直し」。

「道直しのことがめちゃくちゃわかりやすく書いてありますね。しっかり学ばなくては」

どうした笈川。メモまで取って、いつになく真面目じゃないか。

 

 

午後から、三俣山荘の道直しを担当している石川さんによる丁寧なオリエンテーションがスタート。いきなりフィールドに出るのではなく、まずはしっかりと道直しについて学ぶ。道直しの行為そのものよりも、正しく知ることがまずは大切なのだと石川さんが言う。

オリエンテーションは、そもそも登山道とはなにか、というところから。


「今日皆さんが歩いてきた道ですが、人が歩いていなかった時のことを想像してみてください。そこは草原だったはずです。たくさんの人が歩くインパクトによって、じょじょに道が付き、そこを水が流れることで土が失われていき、植生も後退していく。それを繰り返すことで、どんどん傷口が深く、広くなってしまっている、というのがこのあたりの登山道の現状です」と石川さん。

 

 

たくさんの人が歩くことで、どんどん登山道が荒れていくという事実。道直し初体験の笈川的には、かなり衝撃だったよう。ではなにができるのか?

登山者目線でできることは、まずはローインパクトハイキングという部分だ。とくにストックを突くことによる登山道の荒廃については、すぐにでも取り組める要素。


笈川: UL系のテントの場合はストックで立てることも多いので、知らず知らずダブルストックで歩いている知人も多いです。


石川さん:知らないだけ、という人は多いと思います。自分たちが歩きやすいからストックを使っているだけなんですよね。


笈川:でも、それが登山道の荒廃に繋がることを知ったら、ほとんどの人がストックを突くことをためらうと思うんです。石川さんの言うとおり、まずは知ること。これがとても重要だと感じました。

 

 

甲斐:1本だけ使うことと、先端が尖っていないことも大事なんですよね? キャップを付けるだけでだいぶ違う。今回、僕は試しに竹の棒を使ってみたんですが、バンブースティックをバンブーシュートで商品化する、というのも僕らができるアプローチのひとつかもしれません。


石川さん:それ、面白いです。理想はストックなしで歩いて欲しいですが、安全性もあるでしょうから駄目とは言えない。だったらせめて自然にインパクトのないものをどう使ってもらうか、というのは大切な課題です。ただ口で伝えるだけではなかなか浸透しないことも、魅力的な商品を「使ってみたい」と思ってもらったほうが近道かもしれませんしね。


笈川:ただ歩くだけで、自然にとってはインパクトになる、ということにもちょっとショックを受けたというか。自分は山好きだと思っていましたが、それは一方的なものであって、山を大切にしているか、という観点が抜けていたなと。


石川さん:だから歩かない、というような極論に持って行く必要はなくて、登山道とはなにか、ということや、歩くことによるインパクトについて、みんなできちんと考えましょうというのが、三俣山荘としての道直しの基本方針です。


笈川:三俣山荘で出されている「風景と道直し」という冊子を読ませていただいたんですけど、初めてでもきちんと理解できる内容でしたし、知らないことばかりでした。全登山者に読んで欲しい1冊ですね。

 

 

「道直し」という言葉から、着いたら即スコップやツルハシを持って登山道を直すことを想像していた。ところが、三俣山荘で最初に教えられたのは、土の動かし方でも石の積み方でもなかった。

まず、登山道について知ること。

それが道直しの第一歩だった。

そして、それをどう発信していくか。

甲斐さんの周りにいる人間もターゲットになり得る。知り合いにはファッション業界で影響力が強い人もいるから、他ジャンルにアプローチできる貴重な存在になるはずだ。

最近、登山を始めているキャンパーが増えていることもあるし、登山用テントも扱っているLOGとしても、しっかりと発信していく必要性を感じる。既成概念がまだ植え付けられていない初心者にこそ、伝えたい内容がたくさんある。

 

 

「オイちゃんの周りとかキラキラしてる人多いから、そういうところに発信していく?」と甲斐さんが冗談っぽく言う。たしかに、笈川の知り合いにはYouTuberやインスタグラマーも多い。バリバリの登山者だけでなく、ライト層に訴えるには、そういうインフルエンサーの力も必要だ。

「道直しという考え方を知る人をいかに増やすか、が僕たちLOGにできる最大の貢献かもしれませんね」と笈川。

道直しに実際に参加できる人は限られている。だからこそ、参加できない人に「知ってもらう」ことにも意味がある。LOGとしてできるのは、その入口をつくることなのかもしれない。

 

 

オリエンテーションの後は、小屋でゆっくりと過ごす。

「小屋のスタッフさん、みんな素敵じゃないですか? こんな小屋、初めてなんですが」と、笈川。たしかに。小屋主の伊藤敦子さんふくめ、15人のスタッフ中13人が女性という珍しい小屋。しかも皆さん、明るく元気で、そして逞しい。まるでジブリ映画に登場する女性たちのような雰囲気なのだ。対応も親切&アットホームで、かつてのコワモテ頑固親父に説教されまくった小屋体験が嘘のよう。

 

 

そして食事もまた、実に行き届いている。三俣山荘名物のジビエシチュー。これは北アルプスでも深刻になっている鹿による高山植物の食害を背景にしたメニューだ。訪れる人にそういったことに少しでも関心を持ってもらおうという意図もあるという。ほかにも、おつまみとして鹿サラミなども販売している。道直しもそうなのだが、山の景色をどう守って行くか、に真剣に取り組んでいる小屋なのだ。


さて、翌日からはいよいよフィールドへ。自然を観察し、実際に登山道を直していく。

「知ること」から始まった今回の道直し。笈川は、実際に土や石に触れることで、さらに何を感じるのか。


(後編に続く)