“知ること”が山を救う鍵。 三俣山荘での道直し〜後編

Text: 櫻井 卓
前回は道直しの意味を学んだ笈川。後編ではいよいよフィールドへ。荒廃した登山道を自分の目で見て、実際に手を動かしてみる。すると、それまで何気なく歩いていた「道」が、まったく違って見えてきた。
三俣山荘滞在2日目の午前中は、道直し担当の石川さん、三俣山荘小屋主の敦子さんと一緒に自然観察へと出かける。道直しで大事なのは“想像と観察”だと、石川さんは言う。
かつて、このあたりは高山植物に覆われていたはず。ではなぜそれが失われてしまったのか。そしてその原因はいったいなんなのか。そういうことを実際にフィールドに出て観察し、そしてイメージするのだ。この日はあいにくの雨。ただ、そのほうが水の流れや登山道の荒廃は見えやすいという。

「ここは、登山道がつくことで、水の流れが変わってしまい、どんどん掘れていってしまっている場所です」
石川さんが説明してくれると、素人目にもじょじょに水の流れが見えてくる。
登山道を横切る形でところどころ設置されている水切りは、自然な水の流れを取り戻すため。できるだけ登山道の中を水が流れていかないようにする施工だ。
歩くことで急傾斜となってしまった部分は、雨が降ると水とともに土が流れていってしまい、ちょっとした川のようになってしまう。そこに小さな砂防ダムのような土留めを設置することで、少しでも浸食を防ぐなど、一言で道直しと言ってもさまざまな手法が試みられています。
いかに水を流さず土を留めるか、が鍵なのだ。

「ここは分かりやすい場所です」と石川さんが指差したのは、側面が大きく抉れてしまった登山道。ストックを突くなど、人の歩行によって道の両側が崩れ、そこを水が流れることでどんどん掘られていく。土が流出していくことによって、登山道が広がっていき、結果植生が後退していってしまう。
ほかにも、泥濘を避けようとして、登山道外を歩くことによって生じる複線化など、石川さんと敦子さんによる丁寧な説明によって、つぎつぎと傷跡というべき箇所が見えてくる。

荒廃している登山道の現状を見て、ちょっと意気消沈気味の一同。
でも希望もある。敦子さんが20年ほど前に道直しをして、いまは人が歩かないようになっている、昔の登山道へと案内してくれた。かつては、多数の登山者が歩くことによって荒れ地のようになっていたと言うが、いまそこでは、いたるとこで植生が息を吹き返していて、かつて土留めのために使っていたネットも自然に還りつつある。山が自然本来の姿を取り戻しつつある、なんとも美しい場所なのだ。
「こういう道になっていくというのが理想です」と敦子さん。

普段だったら気にも留めない登山道の荒廃だが、2人に教えてもらい、知識を得ていくことで、危機感を覚えるようになる。その感覚こそが、道直しの第一歩なのかもしれない。
「知った後だと、歩き方も変わりますね。不必要にストックを突くことはもちろん、足を置く場所にも気を使います」と笈川。いつになく真剣なのは、それだけショックを受けたからだろう。

三俣山荘滞在3日目。この日も雨模様だが、いよいよ道具一式を背負って道直しの現場作業へと向かう。
現場は三俣山荘から黒部源流に下って行く途中。人が歩くことで、土壌が抉れてしまい、雨が降ると大量の水と土が流れていってしまう場所だ。ここに石を積んで、いわゆる砂防ダムのような構造を作ることで、これ以上の土の流出を食い止めるのが、今回の道直しの主な目的。

スリングを使って、近くの沢から大きな石をみんなで運び、それを石川さんの指示で積んでいく。最初は涸れ沢のようになっていた場所に、平坦な場所を作ることで、土の流出を少しでも食い止める。ほかにも、ネットを使って土留めを作ったり、みんな泥だらけになりながら、黙々と作業に取り組んでいく。


丸々半日かけて、道直しができたのは3mほど。地道な作業の積み重ねなのだということを痛感する。
「今までだったら、歩きやすい道にしてくれてありがとうございますって感じでしたけど、実は風景を守るという意図があったということに気付かされました」。
元アメフト部だけあって、パワー系仕事をバリバリこなしていた笈川も、道直しについて理解を深めたようです。

笈川が言うように、道直しと登山道整備は、ちょっと違うのだ。
優先すべきは自然。その結果、人も歩きやすくなるという順番。
「かつてあったはずの風景を取り戻す、という意識でやっています」と、石川さん。

そして、最終日。名残惜しすぎる下山の日がやってきた。
今回は天候の関係で、道直し作業の時間が短縮されてしまい、笈川的にはまだまだ働き足りない様子。
「まだまだ、体力有り余ってますからね。これはまた絶対にお手伝いに来たいです」
最終日は伊藤新道を通って湯俣まで。本来なら草刈りなどをしながら2日かけて下山する予定だったのだが、前日までの悪天候のため、1日で一気に下りることに。
出発の際は、小屋を挙げての盛大なお見送り!
「こんな素敵な小屋、永住したいです……」と笈川は本気で帰りたくなさそうだ。

今回下って行く伊藤新道とは、三俣山荘から湯俣山荘を結ぶ、全長約10kmの道。三俣山荘の初代のご主人であり「黒部の山賊」の著者である、故・伊藤正一氏が約10年の歳月をかけて、1956年に開通させた道だが、じょじょに荒廃し、長いこと熟練者しか通らないバリエーションルートとなっていた。
それが2023年に関係者の努力によって復活。笈川も、前から歩いてみたかった道ということで、ウキウキを隠せていない。まあ、道直しを頑張ったご褒美ということで、この日は思いっきりエンジョイしてもらいましょう。

甲斐さんは、伊藤新道の山パートが特に気に入ったという。
小屋周りの登山道から一転して、人があまり歩いていないこともあって、自然本来の姿がまだまだ残された道。美しいシングルトラックが続き、道の際まで植物が繁茂している。昨日まで道直しをしていた身としては「こういう道が良い道なのか」という答え合わせができるのだ。

山パートが終わると、渓谷を縫うようにして下って行く。いくつもの渡渉を繰り返し、途中では秘密の野湯に立ち寄るご褒美も。秘湯好きの笈川にとってはたまらない経験だ。渡渉の際にはみんなでサポートし合い、協力しながら乗り越えていく。

前編後編でお送りした今回の三俣山荘道直し滞在。笈川にとっても学びが多かったようだ。
「登山道って、いままで当たり前のように歩いていました。でも、その道を人知れず守り、登山道脇に草花が戻ってくるように作業している山小屋の方々がいる。そのことを知ることができて、本当に良かったです。山が好きなことと山を大切にしていることは違う。自分の山の歩き方を考えさせられる時間になりました。まずは自分から意識を変えていきたいと思います」

普段は京都でハシゴ酒したり、大阪で山にも行かずに飲んだくれたり、尾瀬でどこにも登らず飲んだくれたり、飲んだくれイメージしかない笈川だが、今回は珍しく真面目モード。
「正直言って、伊藤新道はひたすら楽しかったっす! 野湯、ふぉーーー!」
チャラさは健在。でも、今回の道直し体験で、登山者として一皮剥けた感もある。