Pre Tents travelogue 秋の尾瀬歩きと燧ヶ岳ナイトハイク

夏山のシーズンは短い。梅雨が明けてやっとシーズンが始まったと思えば、そこからわずか数ヶ月、10月下旬にもなるとそこかしこから聞こえてくる冠雪の知らせとともに、あっという間に終わりを迎える。
山を歩く目的は人それぞれだと思うけど、僕にとってはあくまでも行楽のひとつ。旅やキャンプの延長で、ゆるく、心地よく、良い景色を楽しむのが目的。夏山に比べて格段にリスクが高く、行楽の域を越えてしまう恐れがある雪山は登らないことに決めているので、冬場になると一気に選択肢が限られてしまう。
2025年はシーズン中に毎月1回はテント泊山行の計画をしていたんだけど、悪天候により度々流れてしまい、結局はシーズンはじめの白馬岳と北岳・間ノ岳縦走の2回しか行くことができなかった。
行動範囲が狭まる前にせめてあと1回は、ということで、草紅葉の見頃に向けて色づき始めた尾瀬を歩いてきた。

尾瀬への玄関口である鳩待峠へのルートは、自然保護と混雑防止の観点からマイカー規制の対象となっていて、手前の戸倉にある尾瀬第一駐車場からバスか乗合タクシーで行かなければならない。
2022年の9月に至仏山に登るために初めて尾瀬を訪れた時の僕は、まだ登山をはじめて間もなかったこともありそんなことは全く知らず、、、。尾瀬に向かう途中のコンビニで偶然会った知人にそのことを聞かなければ、危うくマイカーでゲートに向うところだった。

鳩待峠を出発して約40分ほど木道を歩くと、最初のチェックポイント、山の鼻ビジターセンターに到着。センター内では、尾瀬の歴史や自然、地形の成り立ちについて詳しい情報を得ることができるので、時間の余裕があれば立ち寄ることをおすすめしたい。
事前知識を備えることで、その場所についての理解が深まり、より思い出深いものになるため、僕は道中にある立て看板を見たりして、そういった情報を入手しながら歩くことがわりと好きだ。
周囲にはいくつかの小屋があり、食堂や売店・トイレなどの施設が充実しているので、尾瀬ヶ原の散策がメインの方にとっては、良い休憩ポイントになるだろう。
長さ6km・幅2kmにおよぶ本州最大の高層湿原である尾瀬ヶ原は、国立公園で訪問者が多い人気の観光地でもあるため、とても整備が行き届いている。総延長約65kmに渡って木道が張り巡らされていて標高差もさほどなく、小屋の量も質も充実しているため、安心して巡ることができるのだ。
古くなって崩れかけた木道は、適宜新しい木道に置き換えられ、常に安全な状態が保たれている。人里離れた場所でこれだけのメンテナンスをするのはかなりの労力を伴うであろうに、対処してくださっている方には本当に頭が下がる。
今回の山行も、以前白馬岳を一緒に歩いた、ほっそんさんに同行してもらった。

行程は2日間、初日の目的地である見晴キャンプ場までは山の鼻からさらに2時間ほど進む必要がある。僕たちはビジターセンター隣の至仏山荘のメニューにあった「黒毛和牛コロッケカレー」がとても気になったが、キャンプ場への到着が遅くならないよう、帰りに食べることを心に誓って先へと進むことにした。
山の鼻を出発してほどなく、後ろを振り返ると至仏山が見えてくる。尾瀬国立公園には至仏山の他に、燧ヶ岳と会津駒ヶ岳の3つの日本百名山がある。以前登った時はなかなか登り応えがあったが、疲れては後ろを振り返り、尾瀬ヶ原の絶景に癒されながら登ることができた。
木道は幅約50cmしかなく、人1人が通るので精一杯。基本的に木道は2本対になっているが、往路と復路という位置付けで右側通行というルールがある。必然的に横並びで歩くことはできず縦に連なって歩くため、辺りを見回して他のパーティーの様子を見るとまるで昔のRPGのワールドマップを歩いているようで面白いな、と昭和生まれのおじさんは感じてしまった。

山の鼻から目的地の見晴地区まで一直線に進む最短ルートもあるが、復路でもそのルートを通る予定になっていたので、比較的時間に余裕がある初日は、せっかくだからと牛首分岐から別ルートを通って尾瀬ヶ原を見て回ることにした。
春には、あたり一面に水芭蕉が広がり、夏になるとニッコウキスゲが黄色く色づき、秋になると草紅葉で黄金色に輝く尾瀬。キャンプもそうだが、四季折々の自然の風景を楽しめるのは、やはりアウトドアの醍醐味だ。

鳩待峠から木道を歩いて約3時間半、初日のゴールの見晴地区へ到着。距離は約10kmとそれなりにあったが、高低差が少なく道が整っていたので、さほど疲れることもなく歩くことができた。
木漏れ日がさす森の中に立ち並ぶ山小屋。たいした下調べもしていなかったのでここに来るまで知らなかったが、見晴地区には6つも山小屋があり、まるでちょっとした集落のような佇まいに感動すら覚えた。木道整備といい小屋の管理といい、こんな辺鄙なところで旅人のために運営に携わってくれている方には感謝しかない。
登山を始めて必要最低限のもので行動するようになったことで、普段都会にいると見落としがちな、ちょっとしたことのありがたみを今まで以上に感じられるようになった気がする。

見晴地区に着いたのは午後2時。山の鼻でコロッケカレーを見送ってきた僕らは、すでに空腹のピーク。キャンプ場にチェックインしてテントを張ったりしていると夕方近くになってしまいそうだったので、まずは昼食を取って空腹を満たすことにした。
各小屋を回りながら、どんな食事が提供されているかを物色。洋食から和食、スウィーツまでどれも美味しそうなバラエティに富んだメニューが展開されていて、なかなか決め難い。


悩みに悩んだ結果、僕はひのえまた小屋の生姜焼き定食に決定。なんだかんだ和定食には、期待を裏切らない美味しさがある。
アルファ米などの携行食ももちろん持っていくが、あたたかい手料理で人の温もりに触れられることもあり、山小屋の食事を利用できる時は僕は極力利用するようにしている。パーティーであればさほど気にならないかもしれないが、ソロだときっと小屋飯のありがたみが身にしみるだろう。
小屋で提供されているものは、食事に限らず飲み物やお菓子なども決して安くないが、何かとコストや手間がかかるであろう運営の足しに少しでもなってもらえるよう、今後も積極的に利用していきたい。

そしてついに宿泊地の見晴キャンプ場へチェックイン。「広くて平らでペグが刺さりやすくて快適!」。なんともボキャブラリーに乏しいが、率直にそんな感じの感想が出てしまいそうな過ごしやすいキャンプ場。
最大で100張のキャパシティがあるそうだが、この日は平日だったこともあり利用は20張程度。各々適度なスペースを取りながらテントを張っていて、平日ならではの恩恵を受けることができた。
やはりせっかく自然の中に来たならば、ゆとりを持ってのびのび過ごせるのが一番ありがたい。

ほっそんさんは私物のLightrock 1P Whiteを設営してくれた。真っ白なテントがお洒落な彼のスタイルによく似合っている。
僕は今回のテントは、紅葉を意識して鮮やかなイエローのBorderをチョイス。Borderは2Pサイズで広さがあるわりに、総重量は1,410gと軽量。時期的にそれなりに冷え込む可能性もあったので、寒がりの僕は4シーズン対応のテントにした。
念のため、着脱式の前室パーツと設営用のトレッキングポールを持ってきたが、天気が良すぎたため全く使わず。完全に無駄な荷物となってしまったが、備えあれば憂いなしということでそこはヨシとしておこう。

テント内の様子。片側にエアマットを敷いて、残りの半分にはザックや手荷物、着替えなどを余裕で置くことができる。これなら仮に悪天候でテント内に篭らなければいけない状況になったとしても、圧迫感なく過ごすことができそうだ。
ペグの本数も少なく爆速で設営できるので、使い勝手はとても優れている。ソロ用としては若干価格が高いことを除けば、かなりおすすめではある。

木立の向こう側には歩いてきた尾瀬ヶ原が広がっている。キャンプ場についてからはずっと晴れていて昼下がりのあたたかい日差しが心地よく、至福の時間だった。

時間に余裕を持って行動したおかげで日没まではまだ時間があったので、テントの設営後は、また周囲を散策することにした。なんせまだしっかり見れていない小屋がたくさんあるんだから、時間の許す限り見ておかないともったいない。
見晴地区の最前列にある弥四郎小屋の喫茶。店の前の黒板には美味しそうなスウィーツのメニューが、、。甘いものとコーヒーに目がない僕らは吸い寄せられるように店内へ。店の窓からは尾瀬ヶ原が一望できる眺めの良さも素晴らしい。

洋梨のタルトをスタッフの方が丁寧に淹れてくれたコーヒーと共に。日常生活だったらどうってことないことだけど、山でいただくものはそれだけでいつも以上に美味しく幸せを感じる。
道中で何人かの歩荷さんとすれ違ったが、その誰かが運んでくれたのかな〜、とか思いながら美味しくいただいた。

キャンプ場に戻る時に見かけた「日帰り入浴」の看板に心を掴まれつつも、翌日の出発も早いため、日没後は早々に寝ることにした。
山小屋でお風呂なんて、贅沢すぎる!

2日目の行程は、見晴地区の裏手にある燧ヶ岳への登山。初日にここまで歩いてくる間、ずっと目の前に見えていた山に登る。
燧ヶ岳の登山にかかる時間は標準的なコースタイムで約6時間で、鳩待峠へ戻る3時間を加えると、行動だけで10時間近くかかることになる。加えて鳩待峠からはバスで駐車場まで戻らなければいけないため、遅れは許されない。鳩待峠への到着時間から逆算して、キャンプ場を3時に出発することにした。
テントの片付けや途中の食事などを含めて、午後2時までには鳩待峠へ戻る計算だ。
ちなみに3時に出発と言ったのに、ほっそんさんは3時になっても起きてこず、僕に声をかけて起こされたのはここだけの話にしておこう。きっと前々日の仕事の疲れが残っていたに違いない。
時期的に日の出は5時半ごろだったので、登りの大半は真っ暗な中、ヘッドランプの灯りだけを頼りに歩いた。時折森の中から聞こえる獣の声や草木のざわめきに怯えながら、暗い道を粛々と登っていく。しかも燧ヶ岳は8合目を過ぎるぐらいまではずっと樹林帯で、登山道はなかなかに荒れていてぬかるみも酷い。
度々心折れそうになったが、樹林帯を抜けて山頂が近づき、薄明かりの中で最高の景色を見ることができて一気に疲れが吹き飛んだ。

樹林帯を抜けてからは山頂まで残りわずか。さっきまでの重い足取りがまるで嘘だったかのように、軽やかな気分でピークの柴安嵓(しばやすぐら)へとたどり着いた。
初日に続き2日目も快晴に恵まれ、視界はすこぶる良好だ。山の天候は変わりやすく、急なガスに覆われて視界不良になることもあるが、できることなら天気は良い方がいいに決まってる。

正面には至仏山。そして山頂から見下ろす尾瀬ヶ原には、一面に朝靄がかかって幻想的な景色が広がっている。東北最高峰の燧ヶ岳からの眺めは遮るものがなく、360度のパノラマビューを堪能できる。
ここまで登らなくても充分に尾瀬は満喫できるが、登ったら登ったなりの満足感というのがそこにはある。

尾瀬ヶ原から左手を見ると尾瀬沼があるが、尾瀬沼にも朝靄がかかっていて雲海のような景色を見られた。尾瀬沼から尾瀬ヶ原に向かって、ゆっくりと靄が流れていく様子に目を奪われる。僕らはただただ悦にひたって、貸切の山頂でしばらく絶景を眺めていた。
燧ヶ岳には柴安嵓の他にもピークがあり縦走することもできるが、ここからの眺めに勝るものはなさそうなので、山頂でちょっと行動食をつまんで、満足するまで景色を楽しんでから、下山することにした。

下山後はキャンプ場に戻り、置いたままにしてあったテントを片付けてピックアップ。お世話になった見晴キャンプ場に別れを告げて、心地よい秋晴れの中、晴れやかな気分で帰路へ。
二日間、天候はずっと晴れで、最高と言っていいぐらいのコンディションで過ごすことができたのは幸いだった。

ほぼ予定していたタイムテーブルの通りに鳩待峠へ到着。はとまちベースで各々お土産を買って、帰りのバス乗り場へと向かった。
総じて満足度が高かった今回の尾瀬歩きだが、唯一の心残りは、帰り道に必ず食べると決めていた至仏山荘の黒毛和牛コロッケカレーが売り切れだったこと、、。
次に来ることがあれば、必ず行きの道中に食べることにする。
<今回の行程>
① 尾瀬第一駐車場から乗合タクシーで鳩待峠へ
② 鳩待峠から山の鼻ビジターセンターへ
③ 尾瀬ヶ原を歩いて見晴キャンプ場へ
④ 桧枝岐小屋にて食事をした後に見晴キャンプ場にて1泊
⑤ 早朝から燧ヶ岳へ登山
⑥ 燧ヶ岳下山後にテントを撤収して至仏山荘へ戻り昼食
⑦ 鳩待峠へ戻りバスにて駐車場まで
Special thanks @hosson_1
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