人と人が繋がる、キャンパーのためのサードプレイス TARPtoTARP
キャンプ好きのためのコミュニケーションスペース
第一次キャンプブームから30年の時を経て、2度目のブームの兆しが見え始めた2019年の春。
市場の拡大に連鎖して、キャンプギアの販売を目的としたショップが続々とオープンする中、一風変わったコンセプトのショップがオープンした。
それが、横浜は馬車道にある「TARPtoTARP」である。
どんなショップなのかを要約すると、キャンプが好きな人が集まって、あそこのキャンプ場が良かったとか、あのギアはとても使いやすかったとか、キャンプに関する会話で盛り上がる、そんなところだ。
今でこそ公式インスタグラムのフォロワーは2万人に迫り、主催するキャンプイベントのチケットは数分で売り切れるなど、一定の認知を得てきてはいるが、やはりギア偏重のキャンプ業界において、変化球気味のスタイルは受け入れられるのに少し時間がかかったそうだ。
「客席で昼寝できてしまうほど暇だった。」
LOGのコアメンバーでもあるTARPtoTARPのオーナー・tomotechこと須山は、オープン当時の様子をそう振り返る。
人と人が繋がることがキャンプの一番の魅力
キャンプのためのショップと聞けば、誰もがギアを売っているショップを思い浮かべるのが普通だ。
ではなぜ彼は、そんな需要があるかどうかも分からないチャレンジをしてまで、このショップをオープンしようと思い立ったのか?
キャンプにのめり込むと感じ始める独特の感情。
「キャンプロス」
キャンプから帰ってきた途端、楽しかったキャンプの出来事が思い出され、また次のキャンプにいきたくてしょうがなくなる、あるいは四六時中キャンプのことが頭から離れなくなる、というような、ある種の中毒性のある症状のことを指す。
おそらくこの言葉の生みの親に当たるであろう須山自身、 この症状に悩まされ、如何にこのキャンプをしていない空虚な時間を埋めようか、と考えた末に、キャンプにのめり込める空間を自ら作ってしまおう、という考えに至ったのである。
「キャンプに行けるのはせいぜい週に一回程度。次のキャンプはどこのキャンプ場に行こうか、どんなことをして過ごそうか。
日常生活の中でももっとキャンプに関するコミュニケーションを取りたいし、そういう場があってもいいはず。」
実際、彼の友人にも同じような考えを持った人が何人もいて、そういった場を望む声が多数あったことも、彼の行動を後押しした。
コミュニケーションと言えば、Instagramを始めとしたSNSを介して取ることも可能だ。
現に、オープン当時でも彼個人のInstagramアカウントには数千人のフォロワーがいて、既に様々なコミュニケーションが展開されていた。
しかし、顔の見えないSNSでは、単純な質問などのやりとりはあっても、やはりどこか希薄な関係性に過ぎない、と感じることが度々あったそうだ。
そういった経緯もあって、須山はリアルなショップ、という形にこだわった。
さらに言うと、ギアショップでは、道具の説明などをきっかけに店主とお客さんのコミュニケーションは生まれても、お客さん同士のやりとりというのはなかなか生まれづらい。
飲食をするという物理的な滞在時間が生じることで、お客さん同士がコミュニケーションを取るきっかけになる。
彼が望むことを果たすためには、むしろギアショップではなく、カフェでなければならなかったのだ。
やりたかったのはあくまでも、人と人の繋がりを作ること。
TARPtoTARPが主催しているキャンプイベント「TARPtoTARPtoCAMP」で、参加者に向けて挨拶をする須山。
通常、キャンプイベントやフェスで、参加者全員が一堂に会してそのイベントの開催を祝う、というようなことは、他のイベントではなかなか見られない。
このキャンパー同士の一体感が、TARPtoTARPを起点としたキャンプコミュニティの特徴だ。
キャンプでは人と人の距離が近づきやすくなる
TARPtoTARPを語る上でもう一つ欠かせないのが、キャンプというものが持つ、人の距離感が自然と近くなる、という特異性だ。
分厚い壁もなく、遮るものは薄い幕一枚だけ。
タープの下で過ごしている時に、ふと顔を上げれば、隣にいるキャンパーさんと目が合う。
「向こう三軒両隣」
日本古来の近所付き合いの在り方を、こう表現することがある。
長屋のような、完全にプライバシーが保たれない住環境だったからこそ生まれた、近所の人々で支え合いながら暮らしていくという意識。
プライバシー重視の現代の日本、特に都会ではどこか薄らいでしまった、近所付き合いという概念。
ある意味、強制的に距離が近くならざるを得ないキャンプには、そういった近所付き合いの暖かさを思い出させてくれる力があるように感じる。
彼がまだTARPtoTARPを立ち上げる前の、とあるエピソード。Instagramで繋がった、一人のキャンパーさんとお互いの家族と共に、初対面でグルキャンをする機会があったとか。
「仮にそれがホテルだったら、会ったこともない人と二日間一緒に過ごし、寝食を共にする、なんてことはあり得ない。キャンプだからこそ実現できたこと。」
その返答に、日頃から人と人を繋げるのが好きな彼のマインドが凝縮されていた。
キャンプが持つ多様性
注目すべきは、バラエティ豊かなアイテムのラインナップだ。
オリジナルブレンドのコーヒー豆やプロユースのコーヒー器具、店内でドリンクを提供する時に使っているものと同じストロー、さらには独自のレシピで開発し冷凍パウチされたカレー、などなど。
そのバリエーションは、いわゆるキャンプ道具の枠に収まらないものも多く、それらのアイテムの大半は、須山がキャンプをきっかけに繋がってきた、様々な他業種の人たちとのコラボレーションにより商品化が実現したものだ。
そもそも、キャンプとは暮らしの延長線上であり、屋外でテントで過ごしているだけで、やることは普段の生活となんら変わりがない。
キャンプをしながら、料理をして食事をしたり、音楽を聴いたり、SUPやトレッキングのようなアクティビティもする。
そして、キャンプ場に行く手段も車やバイク、自転車、さらには徒歩など様々なものがある。
キャンプを軸にして何をするか、どう楽しむか、そういった多様性もキャンプの醍醐味なのではないだろうか。
視線の先にあるこれからのTARPtoTARPの姿
図らずも新型コロナウィルスをきっかけに在宅勤務や地方移住などが加速し、変化の兆しが見え始めた日本人のライフスタイル。
この先、さらに人々の暮らし方が多様化していく中で、アウトドアやキャンプも、より日常生活に身近なものになっていくはず。
その過程において、キャンプというフィールドで、人と人を繋ぎながら異業種のハブとなる役割を果たしてきたTARPtoTARPは、今後、より存在感を増し、さらなる繋がりの連鎖を生み出していくことになるだろう。
須山の視線の先には、きっとそんなTARPtoTARPの姿が見えているに違いない。
Author : akt