はじめて(&9度目)のヨセミテの夏【DAY1〜DAY2】

 

Text: 櫻井 卓

 

ヨセミテ。アメリカのハイキングカルチャーが好きな人なら誰もが憧れる、そんな土地だ。僕こと、ライター櫻井もその魅力に取り憑かれた1人。ヨセミテ訪問は今回で9度目になる。ヨセミテの良さを熱弁しまくった結果、友人に付けられたあだ名がヨセミテおじさん。でも本当に素晴らしいのだ。昨年から、しつこいほどにヨセミテ愛をLOGメンバーに語り続けた結果、実現したのが今回の旅。同行したのはLOGの笈川ことオイちゃん。彼にとっては、これがはじめてのヨセミテだ。大丈夫。絶対後悔はさせません。

 

DAY 1

 

 

LAを出発して、途中のフレズノという街で一泊。その街でいろいろと準備を整えてから、翌日にヨセミテ国立公園に向かう。

フレズノから車を走らせること2時間。いよいよヨセミテ国立公園のゲートが見えてきた。

入場料料金の看板を見て驚いた。2026年から導入された「非居住者料金」で、通常の入園料にくわえて、16歳以上ひとりにつき追加で100ドルが必要になった。シーズンパスも非居住者は250ドルとこれまでの約3倍ほどになっている。ゲートでもらえるパンフレットに日本語版が加わっていたのには驚いたけど、それにしたって高すぎる。

アメリカという国には敬意もあるし、その自然環境は世界屈指だとも思っているけど、トランプ氏とだけはどうにも仲良くなれる気がしない。

幸い、僕らは昨年購入したシーズンパスの期限が残っていたから華麗にスルー。とはいえ、来年以降が心配だ……

 

 

ゲートをくぐった、といっても人工物がゴロゴロでてくるわけではない。高度感のあるワインディングロードが続き、道路の両側には巨大な木々が立ち並ぶ。車を走らせているだけなのに、少しずつ日常から切り離されていく。そんな道を30分ほど走り、長いトンネルを抜けると、いきなり目の前が開ける。

有名な眺望ポイントであるトンネルビューだ。

ヨセミテバレーを見下ろし、ハーフドームやエル・キャピタンといったヨセミテのスターたちも鎮座している。神々が遊ぶ庭という別名が無理なく腑に落ちる。この景色を見るのは9度目なのに、やっぱり感動する。

 

 

そこから、どんどん渓谷に降りていくと、エル・キャピタンの真下に出る。高さ約1000m。巨大な一枚岩の花崗岩で、世界中のクライマーが登りにくる場所だ。さらに進むとヨセミテビレッジへ。ここからは、ザ・ノース・フェイスのロゴにもなっているハーフドームも良く見える。

オイちゃんは、さっきから開いた口が塞がっていない。うんうん、わかるぞその感じ。すべてのスケール感が尋常じゃないのだ。

 

 

ここは各種施設が集まっている、いわばヨセミテ国立公園のメインストリートだ。僕らがまず向かったのはウィルダネスセンターだ。

今回のプランは今いるヨセミテバレーから車でヨセミテクリークトレイルヘッドまで行き、ヨセミテクリーク、メイレイク、テンレイクス周辺でそれぞれキャンプをして、4日目にふたたびヨセミテクリークトレイルヘッドへと戻ってくる。

何もない山中、ウィルダネスで3泊することになる。

こういう風にオーバーナイトでハイキングする場合にはウィルダネスパーミット(許可証)が必要になる。ただそんなに難しい話じゃない。事前にオンラインで予約をしておけば、あとはハイキング前日にウィルダネスセンターで受け取ればOKだ。

 

 

ウィルダネスセンターでは、レンジャーからトレイル上のルールに関する簡単なレクチャーがある。食糧を野生動物に取られないためのベアキャニスターは必須。トイレはトレイルから離れた場所で、20cm以上の穴を掘って埋め、ティッシュは持ち帰る。キャンプ地は水辺やトレイルから最低30m離れた場所に設営する。こうしたルールが細かく決められている。

今回は一昨年訪れたときにはなかった熊発見報告書なるものも手渡された。見かけた場所のほか、熊の特徴やイヤータグが付いているかなど細かく記録する項目がある。ヨセミテでは熊をただ怖い動物として扱うのではなく、生態をしっかり知った上で、人間との適切な距離を保とうとしている。昔、ヨセミテで会ったレンジャーが言っていた。「熊が人の食べ物を取ってしまったら、その熊は駆除対象になってしまう。それって熊にしたら勘弁してくれよって感じだと思わない?」

この言葉が、僕はけっこう好きだ。

熊を守るために、人間側がルールを守る。

ヨセミテの自然との付き合いかたが伝わってくる。

 

 

このヨセミテビレッジエリアには、スーパーマーケットもある。食料品がズラッとならび、ご当地ビールも豊富。まあ、基本的にはここでなんでも揃うんだけど、街に比べるとお値段は高め。

他にも、アウトドアショップ、ピザショップ、フードコート、さらにはスティーブ・ジョブズも滞在したというめちゃくちゃ立派なアワニーホテルもある。ここで一生暮らせるくらいの充実の設備なのだ。まあ、すべて割高だけど……

そして当然、ヨセミテグッズも大量に並んでいる。

買い物好きのオイちゃんは、さっきからお土産コーナーに釘付けだ。

「まだ初日だからね」と一応、声を掛けておくけど、その気持ちもおおいに分かる。

 

 

バックパッカーズキャンプグラウンドに向かって歩いていると、オイちゃんがなにかを見つけて興奮している。ジョン・ミューア・トレイルの看板だ。ヨセミテを愛したアメリカのナチュラリスト、ジョン・ミューアの名を冠した約340kmのロングトレイル。ヨセミテからシエラネバダを縦断し、アメリカのロングトレイル文化を象徴する存在でもある。僕もその一部は何度も歩いたことがある。そして、いつかはこの道をスルーハイクしてみたい。

「来年はスルーハイクする?」と冗談半分でオイちゃんに声を掛けると「いや、マジで行きたいです」と、まだ初めてのオーバーナイトハイキングが始まってもいないのに、すでに鼻息が荒い。初めての人とヨセミテに来ると、こうやってどんどんハマっていく瞬間に立ち会えるのが楽しかったりする。

 

 

バックパッカーズキャンプグラウンドは、ノースパインという大きなキャンプグラウンドの一角にある。その隣に広がるいわゆるオートキャンプ枠のサイトを見ると、アメリカのキャンプ文化のスケールに圧倒される。キャンピングカーやキャンピングトレーラーがズラリとならび、車の横には椅子やテーブルで心地よさそうなスペースを作っている。なかには巨大なバスタイプのキャンピングカーで、自家用車を牽引するという、もう良く分からない規模感の人もいる。どっしり拠点を構えて、細かい移動は自家用車。スケールが違う。いつか、そういう風にアメリカを回ってみたい。僕のひそかな野望だ。

 

 

バックパッカーズキャンプグラウンドについて、とりあえず地元のクラフトビールで乾杯していると、2人の日本人が話しかけてくれた。どちらもソロハイクを終えたばかりらしい。そのうちの1人、シュンさんはジョン・ミューア・トレイルを18日間かけてスルーハイクしてきたという。しかも、これからコロラドトレイルも歩く予定だそうだ。羨ましすぎるロングトレイルのハシゴ。ここには基本的にバックパッカーしか泊まっていない。だから初対面なのに「どこから来たの?」「どのルートを歩くの?」と、自然とコミュニケーションが生まれるのだ。

 

 

テントを張り終わったら地ビールをグビグビやりながら、食糧計画の最終チェック。4日間の食糧にくわえてクッカーなど匂いを発するものすべてをベアキャニスターに入れなければいけない。これがなかなかのパズルなのだ。オイちゃんは、カップスープをジップロックに移し替えていたり、隙間に差し込みやすいマルタイラーメンを多めに用意したり、すでに日本で入念な準備をしてきたらしい。

そして、飲んべえ2人にとって最後まで悩ましかったのが、お酒をどのくらい持っていくか問題。多いに迷った結果、お互い1.5Lずつ。僕がジンと赤霧島、オイちゃんは金宮焼酎。果たしてこれが正解なのか。この決定が後に響かないことを祈るばかりだ。いや、重さというより「足りるのか?」って問題ね。

 

 

この日の晩ご飯はオイちゃん担当。テキトーにスーパーで買った余り食材を上手に使って、タコスを作ってくれた。このあたりの手際の良さはさすがキャンパー。

ビールを飲みながらタコスを食べる。まだトレイルには一歩も入っていない。なのに、もうすっかりヨセミテを満喫している。考えてみれば、僕が初めてヨセミテ来たときもそうだった。キャンプグランドを拠点に、景色を見て、お土産を買い漁り、そして美しい景色の中でビールを堪能した。

それだけでもうヨセミテの大ファンになった。そう、ヨセミテは歩かなくたって楽しいのだ。

 

DAY 2

 

 

バックパッカーズキャンプグラウンドでお手製のサンドイッチを食べてから、最終準備を整える。ストアに行けば立派な朝食が売っているのだけれど、いかんせん高い。サンドイッチ1つが11ドル(1700円)とかするのだ。ということで、僕らが編み出した節約方法は、街のスーパーで事前に食材を買っておいて、自分で作る。そっちのほうが断然安くすむし、味だって悪くない。

 

 

ヨセミテクリークトレイルヘッドまで車を走らせ、10:30にトレイルヘッドに到着。いよいよオーバーナイトハイキングが始まる。各トレイルヘッドにはゴミ箱やベアボックスと呼ばれる鋼鉄製の箱があって、食糧をはじめ、匂いのするものはすべてここに入れてから出発するのがルールだ。万が一、オーバーナイトハイキング中に熊に車を荒らされたら、車は壊れるわ、罰金は取られるわのダブルパンチが待っている。ヨセミテでは、熊に近づかないことだけではなく、熊を人間の食べ物に近づけないことも徹底されている。

 

 

歩きはじめは樹林帯が続く。とは言っても、ただの樹林帯じゃない。日本で言ったら御神木クラスが次々に現れる。ヨセミテ名物の巨大松ぼっくりもそこら中に落ちている。リスが齧った後のいわゆるエビフライもたくさんあるんだけど、こっちのそれは超特上海老天といった感じだ。

2時間ほど歩くと、開けた場所に出た。ヨセミテクリークキャンプ場だ。いわゆるオートキャンプ場で、実はここまで車で入ってくることもできる。各サイトにあるのはピクニックテーブルがひとつと、鉄製のファイヤーピットのみというシンプルさだが、日本との大きな違いはサイト間の距離。だいぶ広く取られていて、視界も木々で上手に隠している。いくつかテントが張られたサイトもあるけど、どこも不在。きっとハイキングや釣りをしにでかけているのだろう。

 

 

キャンプ場を抜けると、前方から女性レンジャーが歩いてきた。

「なにか困ってることはない?」という挨拶のあと「ベアキャニスターはちゃんと持ってる?」と聞いてくる。「もちろん」と答えると「一応確認させてね」と、僕らのバックパックをパンパン叩いていく。なるほど。いちいち荷物を出せとか言わず、感触だけでチェックするあたり、ハイカーの気持ちが分かっている。

「この先はとても水が少ないわ。そしてグリーンよ」と、別れ際に彼女がサラッと言う。

グリーンって……

 

 

ほとんどの木々が焼け焦げた場所に出る。山火事の跡だ。ヨセミテでは山火事は深刻な問題になっていて、数年前には大規模な山火事によって国立公園の一部がクローズされることもあった。原因のひとつが高温と乾燥による自然発火。たしかに、今日もかなり暑い。乾燥にかんしては、汗がすぐに乾いてくれるのでハイカーとしてはありがたい要素でもあるのだけれど。

 

 

さっき会ったレンジャーの言葉通り、たしかにかなり水が少ない。地図を見るかぎり、初日は川沿いを歩いて行くルートだったから、正直水の心配はしていなかった。ところが川にはほとんど流れがなく、淵だった場所にかろうじて残っている程度。

そして、グリーン、というかブラウンだ……

その水の中に、閉じ込められたトラウトがたくさん見える。

「釣り竿持ってくればよかった~」とオイちゃんが嘆く。たしかに、次回は釣りメインの歩き旅も良いかもしれない。そんな風に魅力的なプランが次々と浮かんでくる。これもヨセミテの懐の深さだ。

 

 

時刻は16:00。そろそろこの日のキャンプ地を探しながら歩いていく。

僕らが考える、良いキャンプ地の条件としては、水場に近いこと。トレイルから見えにくいこと。蚊が少ないこと。

そしてなにより独占できること!

いかに自分好みのキャンプ地と出会えるか、それをどうやって見つけるか、というのもヨセミテをオーバーナイトで歩く魅力のひとつなのだ。

今回は水不足という問題もある。「これは少々妥協するしかないかな」と思いながら歩いていると、トレイル右側に絶好のキャンプ地を発見。厳しい条件の中でも良いキャンプ地が見つかるのが、ヨセミテの底力だ。

 

 

水が豊富な時だったら、おそらく川になるのだろう。近くにはグリーンじゃない水場もある。ここをこの日のキャンプ地に決めて、テントを張ることにする。

オイちゃんが今回用意したテントはプレテントの「ライトロック2P」。これがまたヨセミテに似合うのだ。なんだったらその辺に転がってる岩にもそっくりで、自然の中にスッと馴染む良いデザインだ。

 

 

テントを張ったら次は水の確保。浄水器は僕が愛用している「ソーヤー ミニ」というモデルを使う。これが超優秀。知り合いは「自分が入った風呂の水を飲んでもまったく問題なかった」と言ってたけど、さすがにそれは……。手で絞り出すこともできるけれど、大量に作る場合は重力を利用するほうがラク。プラティパスを木の枝などに吊し、重さでポタポタ落としていく。

 

 

「さて、飲みますか」とオイちゃんが金宮焼酎とナルゲンボトルを取り出す。ナルゲンにはルイボスティーのティーバッグが入れてあって、歩きながら抽出していたという。すっげー賢いじゃん。そして、今回、僕らの間で新たな発見があった。ジン&ルイボスティー、最高。

「お互いを高めあってますね」とオイちゃん。弱点としては飲みやすすぎるので、早めに消費してしまいそうなことか。まだ初日。セーブしていかねば。

 

 

日光で温められた岩の上で宴会を繰り広げていると、お客さんがやってきた。マーモットだ。リス科の中では最大級の大きさで、ずんぐりむっくり、お腹ぽっこりの可愛い奴。オイちゃんが撮影しようと近づいていくが、ピュッと岩陰に隠れたりしてうまくいかない。なかなか撮らせてくれないタイプのモデルちゃんだ。トレイル上でちょくちょく出会うこいつらは、だいたい気持ちの良い場所を巣にしている。マーモットが居るといるということは僕らのキャンプ地選びの目もまんざらではないのかもしれない。

 

 

だんだん日が傾いてきた。電波もない。空を見上げるくらいしかやることはないのだが、それが最高に贅沢に感じる。オイちゃんは地図になにやら書き込んでいる。

「普段やっている日本の登山だとアプリがメインになってきているけど、紙地図いいですね。過去、現在、未来を一気に見られる感じがあって」と、なかなか深いことを言う。まあ、良い感じにアルコールが入ったからなのかもしれないけど。

面倒になる前に、ベアキャニスターを少し離れた岩陰にしっかりと固定してから、テントに潜り込む。おそらく半径10km以内にいる人間は、僕らだけだ。電波もない、街の灯りもない。ただ、濃い野生の気配だけがある。

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