はじめて(&9度目)のヨセミテの夏【DAY3〜DAY5】

 

Text: 櫻井 卓

 

LOGメンバー、オイちゃんが初めてのヨセミテへ。初日はトンネルビューなどを訪れ、ヨセミテの美しさに圧倒されたオイちゃん。そして、2日目からはついにトレイルへと足を踏み入れた。水不足という予想外の展開はあったものの、順調に歩みを進め、絶好のキャンプ地も発見できた。後編となる今回は、いきなりのアイツとの遭遇がまっていた。

 

DAY 3

 

 

「うおっ」という声とともに、オイちゃんが突然足を止める。

ブラックベアの親子だ。距離にして20mくらいか。

母親のほうは黄金色に近い、美しい茶色の毛並みだ。その後ろから子熊が跳ねるように駆けてきた。

ヨセミテのブラックベアの中には茶色の個体が居るという話は前から聞いていたけど、見るのは初めてだ。不思議と怖さは感じない。ブラックベアが人を襲う時の最大の要因としては自分の子を守るため、というのが定説だが、この親子は僕らなんかにはまったく興味がなさそうだ。

じっと息を詰めて、静かに見守る。

パーミット取得の際にレンジャーに聞いたら、ヨセミテで熊に人が襲われるケースは長いこと起きていないという。これも食料管理の徹底と、人慣れさせない多数のルールのお陰なのだろう。日本でもこと熊対策に関してはヨセミテに見習うべき点は多いと思う。

ちなみにヨセミテではベアスプレーの使用は禁止。どこまでも熊ファーストなエリアなのだ。

オイちゃんは、静かにスマホで動画を撮影している。思ったよりも冷静に見えたけど、後で聞いたら「一瞬、こっち振り向いた時はマジでビビりました」と青い顔をする。まあ、そうだよね。

 

 

その後は若干熊の気配にビビリながらも、順調に進んでいく。逆方向から上裸のハイカーがやってきた。聞けばヨセミテビレッジからヨセミテフォールズの脇を直登するルートで来たらしく、そこは虫と暑さがやばかったらしい。

「さっき熊みたよ!」と言ったら「あ、そう」くらいの反応。なんだよ、ここは普通のことなのか?


水が、ない……。

いま僕らはヨセミテフォールズの真上に立っている。10年ほど前に訪れた時は、うるさいほどの爆音と、かなり離れた場所にいても容赦なく浴びせてくる飛沫で、とんでもない迫力だったのだが、チョロチョロとすら流れていない。その時は雪解け直後の5月だったことを差し引いても、これはちょっと少なすぎるんじゃないか。オイちゃんにもぜひ見てほしかったハイライトのひとつだったのに……。

けれど、水量は変わってもそこから見える景色は絶品。一昨日までいたヨセミテバレーが眼下に広がっている。双眼鏡を覗くと、一昨日泊まっていたバックカントリーキャンプサイトも見える。

 

 

そこから先は、徐々に標高を上げながらポーキュパイントレイルヘッドを目指す。この登りが長いのだ。日本のような急登はないものの、15kgを超えたバックパックの重みを感じながらゆっくりと進んでいく。

途中で巨大な切り株を見つけたので、そこで昼食にする。こういうとき、ただの重しだったベアキャニスターはなかなか快適な椅子になる。追い越していったハイカーが「良いテーブルだね」と笑顔を向けてくれる。オイちゃんは、日本では目にしたことのないヨセミテの植物に興味津々。「庭に一株欲しいですね。帰ったら探してみよう」と写真を撮りまくっている。

 

 

ポーキュパイントレイルヘッドからは、5kmほどのロード区間が待ち構えている。クルマで来ているからループトレイルを作る必要があって、どうしてもこの区間は避けられなかったのだ。このロード歩きがなかなかに怖い。このあたりの道路は人が歩くことなんて想定していないから、路肩が整備されているワケもなく、すぐ脇をクルマが猛スピードで通り過ぎていく。

 

 

今日の目的地であるメイレイクまで、あと5km。雨も降りだしてきて俯きがちに林道を登っていく。おそらくハイキングに向かう車がすぐ脇を何度も通りこしていく。1台のセダンが僕らを追い越した少し先でブレーキランプを灯す。そこからまさかの鬼バックで戻ってくるではないか。

「乗ってくかい?」

待ってました! すぐさまバックパックを荷台に放り込んで、ありがたく乗り込ませてもらう。助手席に座ったオイちゃんは、オジサンのマシンガントークにさらされているが、なにやら会話は成り立っている様子。

実はオイちゃんも僕も英語は赤ちゃんレベルだ。でも経験上、それでもなんとかなるもんだ。英語力でアメリカ行きを躊躇している人がいたら、うちらの英語力を一度見てほしいくらいだ。

 

 

ヒッチハイクでトレイルヘッドまでワープさせてくれたオジサンのお陰で、暗くなる前に目的地であるメイレイクに着くことができた。ここはトレイルヘッドから1時間程度で来ることができるということもあって、この日も多くのハイカーで賑わっている。キャビンなどもあって、昨日とは打ってかわってたくさんの人が思い思いに楽しんでいる。簡易的なカフェのような小屋もあって、なんとウェルカム・アップルジュースをくれた。まだトレイルに入って2日目だけど、こういうフレッシュなものの効き目がすでにスゴいことになっている。

 

 

ふと気付いた。蚊がまったくいないのだ。一昨年訪れたときは、半狂乱になった半裸のオッチャンに「虫除けもってねぇか!?」といきなり詰められ、ビビったのに。

それぞれのテントを張っていると、オイちゃんが女性となにやら話し込んでいる。まさかのナンパか! と思ったら、オイちゃんのプレテントが気になっただけらしい。ニューヨークから来たリンダさんという上品な女性で、彼女のテントは14年使っているというタープテント。実はUL系ハイカーはヨセミテでは珍しい存在。ごっついバックパックに自立式のテントが主流なのだ。

 

 

そして待ちに待った焚き火の時間。そう、ヨセミテのトレイルでは条件付きで焚き火が許されているのだ。これこそが僕がヨセミテのトレイルにハマった決め手と言っても過言ではない。重い荷物から解放され、焚き火を眺めながら、ゆっくりとその日の行程を振り返る贅沢な時間。2人でそこらから適当に薪を集めてきて、火を起こす。そのあたりはキャンプ経験豊富なオイちゃんが手際よくやってくれる。着火剤はそこら中に落ちている杉の葉と巨大松ぼっくりだ。

 

 

焚き火を眺めつつ、のんびり食事とお酒を楽しむ。ハイキングとキャンプをハイブリッドにした贅沢な楽しみ方だ。ふと見上げると空が大変なことになっている。まるでタイダイ柄のようなサイケデリックな夕焼け。オイちゃんはカメラを持って湖畔へと走っていく。

 

DAY 4

 

 

果てしなく広がる白い世界を歩いて行く。

この日は、ビッグデイになる。目的地であるテンレイクスまでは、約23km。その間に峠越えが3つほど待ち構えている。

ひとつめの峠を越えると、美しい松の樹林帯だ。地面にかすかに残された、どこまでも伸びるシングルトラック。

「自然と共生できてる道ですね」と、オイちゃん。先日、三俣山荘で道直しをした経験からか、ヨセミテのトレイルの美しさに何度も感動している。

 

 

時計を見ると、高度計はちょうど3000mを示している。

今回の行程の最高到達ポイントだ。

遠い山並みがまるで別の惑星のようで、とんでもなく遠くに来てしまったような感覚になる。オイちゃんが「ヘブンだ……」と溜息をつく。

 

 

本当のヘブンはそこから少し下ったところにあった。

美しい小川のせせらぎ、風にたなびく小さな草原、そしてなによりそこから見える景色が素晴らしい。巨岩をうまく利用したファイヤーピットもある。いままでいろんな場所で泊まってきたけれど、ここは人生ナンバーワンを更新してくるかもしれない。

「次は絶対泊まりたいですね」

オイちゃんの言葉に強くうなずく。

ヘブンでひと息ついていると「ポカリ飲みます?」とオイちゃんがボトルを差し出してくる。

ポカリだと!?

そんなに重たいものを今まで持ち歩いていたのかと一瞬驚いたけど、粉末を持ってきていたらしい。たしかに粉でもって来れば、水を足すだけ。賢い。

オイちゃんと言えば、普段飲んだくれてる印象しかなかったけど、この頃にはルートファインディングも完璧だし、トレイルに入ってからなんだか妙に頼りになる。

 

 

この日最後の登り返しは、今回の旅で1番ハードだ。待ち構えるのは、まるでそそりたつ巨壁。

ただ、そこを直登させないのがアメリカのトレイルだ。グルッと大きく迂回してもっとも傾斜の緩いところにトレイルをつける。急登嫌いの身としてはありがたい限りだ。

ただ、登りに差し掛かった途端、雨が降り出してきた。体力的にもなかなか削られる展開。そんな時こそ、声を出す。どうせ周りには自分たち以外誰もいない。日本の登山道ではなかなか恥ずかしいくらいの大合唱をかますのだ。なぜか、この時僕らがハマったのは大友康平率いるハウンドドッグ。謎だ。

 

 

どうにかテンレイクスの最初の湖に辿り着いたが、目的地にしていた地点まで行くのは厳しそうだ。その水を汲もうとしていた笈川が、絶望の顔でこちらを見ている。

「サクライさん、あったかいよ……」

まさかのヌルいという衝撃の事実。いつもだったらキンキンで、泳ぐのも躊躇するくらいなのに……。今年のヨセミテはいったいどうなってるんだ。

強風と雨の中、キャンプ適地を探すが、なかなか見つからない。体力的にもかなりキテいる。そんな中、オイちゃんがナイスなキャンプ地を発見。樹木で守られたスペースを見つけ、素早くテントを張る。

 

 

この日は、最後の晩餐だ。ここぞとばかりに食材を投入して豪華な食事を用意するんだけど、オイちゃんのマルタイアレンジがハンパないのだ。食べ終わったマルタイラーメンの汁にフリーズドライのカレーを投入。さらにオニシのエビピラフをぶっ込んで、最後にチーズをトッピング。さすが、キャンパー。登山の人間には思い付かないめくるめくアレンジ。

この日は、強風のため山火事の危険もあると判断して焚き火は断念。テントを叩く強風の音で何度か目を覚ましながら、朝日を待つ。

 

DAY 5

 

 

当初の目的地だったテンレイクスのほとりは、予想通り最高のテント場だった。

大型テントがひとつ。美しい木漏れ日を浴びて湖畔に佇んでいる。

ここまで来たかったという気持ちと、昨日のテン場も最高だったという思いが交錯する。ただ、昨日の状況を考えると正解だったと思う。自分で考え、決断していく、という行為がアメリカをハイキングする醍醐味とも言えるのだ。

 

 

最後の急登を超えると、夢のような草原が広がっていた。ときおりピョコッと顔を出すのはプレーリードッグたち。少し歩くとメドウも現れる。いわゆる尾瀬のような高地湿地で、ヨセミテ近辺のトレイルではしばしば現れる。昨日とはうってかわって穏やかな天気。最高のハイキング日和だ。

 

 

このあたりから、軽装のデイハイカーともよくすれ違うようになる。トレイルヘッドがだいぶ近づいている証拠なのだけれど、それを感じさせない風景が続く。最後まで楽しませてくれる、変化に富んだ良いトレイルだ。

トレイル生活に身体も慣れてきた。食糧が減ったおかげでバックパックもだいぶ軽い。いまならどこまでも歩いていけそうだ。だが今日で終わりなのだ。

あれだけビールを欲しがってたくせに、帰るとなるといつも寂しい。このせめぎ合いもまた、無補給でのハイキングの魅力だと思う。

「来年はもっと長く歩こう」

「必ず」

次は、どこを歩こうか。下山したときからすでに次の旅は始まっている。

 

 

自分はなんでヨセミテに通い続けるのだろう。

アクセスの良さ、LAXから入れば格安航空券が多いことなど、実用的な部分ももちろん大きい。でも1番大きな理由はちょっと陳腐かもしれないけれど、その広大さにあるのだと思う。日本にはない圧倒的スケール感。いくら通っても歩ききれないほど無数にあるトレイルたち。自分がとても小さなものになったような感覚。日常生活ですぐにエラそうになってしまう僕にとって、ヨセミテは謙虚になるためのリセットの場だ。

なにより、こんなに好きになれる場所があるということが、とても幸せなことだと思う。

歩かなくてもヨセミテは楽しい。でも、歩かないと見れないものも、数えきれないほどある。

ありがとう。また来ます、ヨセミテ。

とりあえず、ビールだな!